Sayuri's Blog

2014年01月25日

二つの映画

永遠の0
泣けました。
「生きろ、生きろ」と言うセリフが多かったですが、
そう言われても… 
今の子達にどう響くのか… 
皆、多かれ少なかれ悩み抱えながら、生きている… 
要するに希望を持ち続けろということですね。
主人公は生きて帰還し、家族と共に暮らすという希望があったから、何が何でも生き抜こうとした… 
長引く戦争、次々に身近な若者の命が落とされていく深い絶望の中で、その希望は消え失せてしまった…のではないとしてもあの状況で、もはやそのような希望を抱き続けるのは困難だったのだと。
主人公の祖父二人で、将来の日本がどうなっているのか...
特攻隊として飛び立つと決まった直後に川辺で語るシーン良かったですね。
風の音、冷たい川の水、自らの意思で人として感じることの素晴らしさが伝わってきます。 
そして…そのふたりがその時夢見た日本が今の日本… 
果たして…これが私たちの祖先が望んだ日本なのか…
自分たちの国の歴史、戦争が風化されつつある現状。語りあおううともしない若者たち… 
そのやるせなさ、憤りが合コンシーンに表れていたと思います。 
特攻を美化するような発言は必要だったのかな…と…。 
非人道的なものには違いないのだから。
お葬式で祖父があんなに泣きじゃくった演技は、かつての特攻隊員もひとりの男性だということを表したかったのか? 
なんか違和感がありました… 
観客はもう誰がヤクザから主人公の妻を救ったか気づいているのに、
「誰だったのだろうな」というシーンもなんだかしつこく感じました。
ちょっと想像させてもらうくらいが丁度いいです。
そして…最後のシーン。 
あれは、皆さんどう解釈したのか…?
零戦ファン、岡田君ファンへのサービス…? 
どちらもかっこよすぎるくらいかっこよかったものね…
ドラマとしては素晴らしいけれど、
同時期にDVDで見た「横浜のメリーさん」の方が、こちらはインタビュー形式のドキュメンタリーなのでそんなに泣けませんが映画としては好きです。
メリーさんも戦争の犠牲者ですが、
最後に「私は横浜に帰りたい。私にはまだまだやりたいことがあります。夢があります」と達筆な字での本人の手紙が出てきました。 
どんなに暗いストーリの中にもほんの僅でも光が見える作品が、舞台でも映画でも好きです。 
「永遠の0」は、見終わった後、気持ちのやり場がない…
タイトルのように永遠に虚しさがこみ上げてくるかのようです...
こんなこと言えるのも、幸せですね。 
幸せをかみしめましょう。
posted by SaamRoa at 03:11| バンコク | Comment(0) | TrackBack(0) | 洋画・邦画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。